落語は目で聴け  石田隆則

 私、これでも気は確かです。目は物を見るものであって聞くのは耳でしょう、とお思いのあなた。あなたは何か考え違いをしていませんか。それでは私がそれを証明してあげましょう。あなたがもし、言葉の通じない外国へ行ったとしましょう。何を言っても相手は分からない。そんな時あなたならどうしますか。そう絵を書く、それも一つの方法かも知れませんが、紙や筆がなかったらどうします。第一絵が下手だったらどうします。虎やライオンの様な猛獣を書いたつもりが、犬や猫に見えてしまったらそれこそ落語ですよね。ならばそうです。俗に言う見振り手振りと言うやつですよね。ジェスチャーですよね。相手はあなたの身振り手振りを見て、何を言わんとしているのか、ある程度理解してくれるでしょう。そして相手も身振り手振りで言葉を返してくれるでしょう。どうです目は立派に耳の役を果してくれるでしょう。

 そこで私が言いたいのは落語は目で聞けと言う事です。
 仕事の合間にラジオで聞く落語も良いかも知れませんが、やはり寄席へ行き、直に聞く落語の面白さ素晴らしさを知って下さい。演者の表現する喜怒哀楽の表情の語り口、見てやって下さい。時には旦那になって怒ってみたり、又ある時は女将になって喜んでみたり、又ある時は、・・・。
 数限りない場面や人物を、たった一人の演者が、それも小道具と言えば手拭と扇子だけで、面白可笑しく表情豊かに演じ分けるのですから、ただ聞くだけでは実にもったいないではありませんか。
 ぜひ目でも聞いてください。目でも耳でも堪能して下さい。

 そして、それが出来る長崎寄席のお客さんは幸福です。将来必ずや名人上手と言われる大師匠になるに違いないたい平、喬太郎の芸にまじかに接する事が出来るのです。こんな贅沢他にはありません。五月二十五日は是非二人の芸に酔いしれて下さい。 (長崎寄席世話人)
  「第114回長崎寄席だより」より

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